「原論」と二等辺三角形

エウクレイデス「原論」の定義に従えば,正三角形は二等辺三角形ではないらしい,という話を小耳に挟んでびっくりしたので,原文を確かめてみることにした.

結論としては,やはりそんなことはなさそうで,正三角形は二等辺三角形と考えられているのではないかと思った.もっとも,二等辺三角形という言葉が出てくる箇所がそもそもあまり多くなかった.

 

1. 何はともあれ定義を読む

僕はギリシャ語がほとんど読めないが,原文のラテン語対訳がたとえばここで公開されている.また,英語対訳もあるが,英語ではラテン語訳に比べるとギリシャ語の反映度が落ちているであろうことと,ラテン語の方がかっこいいので,主にラテン語対訳を読みつつ.テキスト検索などには英語訳の PDF を使うことにした.

 

まずはラテン語訳を読んでみる.(7頁目より・下線は僕による強調・下線については以下同じ).

XX. Ex figuris autem trilateris aequilaterus triangulus est, qui tria latera sua aequalia habet, aequicrurius uero, qui duo sola aequalia habet, scalenus autem, qui tria latera sua inaequalia habet.

拙訳:20. そして,三辺形のうち,等しい3辺を持つものが等辺三角形である.また,2つだけ等しい辺を持つものが等脚[三角形]であり,一方,等しくない3辺を持つものが不等辺[三角形]である.

 

こういう定義だ.問題は下線を引いた duo sola「2つだけ」の解釈で,ちょうど2辺だけ等しいのじゃないと等脚三角形と呼ばないのか,2辺だけ等しければ3つ等しくても等脚三角形と呼んでいいのか,この部分だけからは判別できないように思う.ギリシャ語原文のほうも見てみる.(6頁目より)

κʹ. Τῶν δὲ τριπλεύρων σχημάτων ἰσόπλευρον μὲν τρίγωνόν ἐστι τὸ τὰς τρεῖς ἴσας ἔχον πλευράς, ἰσοσκελὲς δὲ τὸ τὰς δύο μόνας ἴσας ἔχον πλευράς, σκαληνὸν δὲ τὸ τὰς τρεῖς ἀνίσους ἔχον πλευράς.

 

ギリシャ語のほうもラテン語と大差ないようだ.細かい語順や冠詞の有無の違いこそあれ,「2つだけ」の意味はやはり確定しないように思える.

 

2. 用語が使われている箇所を読む

定義だけ見てもわからなかったので,探索範囲を広げてみる.

まず,第 I 巻 V に,等脚三角形に関する次のような命題がある.

In triangulis aequicruriis anguli ad basim positi inter se aequales sunt, ... (略)

拙訳:等脚三角形について,底にある角は互いに等しく,... (略)

 

一方,第 IV 巻 XV の証明中では,次のような箇所がある.

itaque triangulus EHΔ aequilaterum est. quare etiam tres anguli eius EHΔ, HΔE, ΔEH inter se aequales sunt, quia in triangulis aequicruriis anguli ad basim positi inter se aequales sunt [I, 5].

拙訳:従って,三角形 EHΔ は等辺[三角形]である.するとその3角 EHΔ, HΔE, ΔEH は互いに等しい.というのは,等脚[三角形]において底にある角は互いに等しいから [I, 5].

 

ギリシャ語原文には [I, 5] という命題番号での引用はないのだが,やはり

ἰσόπλευρον ἄρα ἐστὶ τὸ ΕΗΔ τρίγωνον· καὶ αἱ τρεῖς ἄρα αὐτοῦ γωνίαι αἱ ὑπὸ ΕΗΔ, ΗΔΕ, ΔΕΗ ἴσαι ἀλλήλαις εἰσίν, ἐπειδήπερ τῶν ἰσοσκελῶν τριγώνων αἱ πρὸς τῇ βάσει γωνίαι ἴσαι ἀλλήλαις εἰσίν·

と,EHΔ が等辺三角形であることを述べた上で,等脚三角形についての性質を用いている(ように思われる).

 

なお,先の英訳 PDF で isosceles 及び ἰσοσκελ- を全文検索したところ,これ以外には等脚三角形に等辺三角形を含めるかどうかが分かる箇所はないようだった(先に述べたように,そもそも等脚三角形の登場箇所自体が少ない).